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2015年4月

2015年4月29日 (水)

散歩(^-^)/

退院して、11日

毎日、田んぼの回りを1人で10分歩いてる。
歩くという当たり前の事が出来る幸せ(^-^)/
今日は、ダム一周を2人で 歩く。
ゆっくりですけどね。
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2015年4月27日 (月)

破裂骨折⑭

4月27日 (月)晴れ

退院して、初めてのレントゲンの為 病院へ向かいます。

予約は14時30分

朝8時出発。
オール下道。
11時、先にお昼すませます。
娘が食べたいと言っていた、麺闘庵さん。

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揚げの中は、うどんです。
美味しく頂きました(^^)v

病院へ12時すぎに到着。
レントゲン撮影、整形へ持って行くと、先生が、また見えて、そのまま診察となりました。

手術後のレントゲンとくらべます。

先生から、あまりかわりないみたいだけど、ボルトを支えてる 棒が少し曲がっているねー、それだけ体重が かかってかかっているけど、まぁ 問題ないでしょう。

娘: 仕事復帰を6月からと思ってます。

先生: 重たい物を持ったりしなければ、えーんとちゃうかなー。

娘: 車 乗っていいですか?

先生: 車ねー、もーちょっと様子みようか?

来月末のCTとレントゲンで 決めましょう だって‼
帰り、リハビリ病院のお友達の所に寄りました。
順調に回復していて
安心しました。
早く良くなってね。


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2015年4月20日 (月)

破裂骨折⑬

4月3日(金)

シャワーの許可が降りたので、ヘルパーさんに介護してもらって入りました。

先生も三重での転院を探して行く方向で話が進めるそうです。

どこかリハビリでいい所ないかなー。

私もお友達に、聞いたりして、津の所を調べてみたり、地元の夕方でも通えるからそこの方がいいのかなーっといろいろ検索。

先生も探してくれているから、今度聞いてみることにしました。

シャワーは、入院以来初です。

コルセットを外すのは怖いよねー。

椅子に座ってから、コルセット外します。

背中の傷もかさぶたがとれてピンクになっていました。

手術した骨の所だけポコッと出ていたけどだんだん馴染んでいくそうです。

それにしても、2週間前はベットの角度30度までだったのに、やっぱり、必ず治る,治すって気持ちでがんばっているからなのかなー。

4月4日(土)

父の命日だから、少し早めに出て墓参りして出発。

じいちゃん、娘見守ってね。

今日は、奈良の検索で見つけた、こはくというパン屋さんでパンを買って持っていってあげることにしました。

ネーミングがちょっとユニークでしたから。

ちょっと、3人で食べるには買いすぎ~。

私、結構通うことに、楽しみを見つけました。

4月5日(日)

今日は、おやじは法事なので、1人で病院へ向かいます。

もちろん下道で。

お天気は、雨模様、あせらず、ゆっくり安全運転。

今日も、こはくさんへよってお昼を調達。

少し霧も出ていたので寄り慎重に走って行きました。

明るい中、霧でしたが道も見えました。

到着する前にヘルパーさんが今日もシャワーしてくれました。

前かがみになれないから、直立な姿勢です。

それでも、すっごくさっぱりするから、気持ちいいーって。

ただ、コルセットを外すというのは、体が緊張するんでしょうかね、背中が筋肉痛になったみたい。

そりゃーこわいよね。

ささえて守ってもらってるものがなしだから、いかに普段自分の筋肉で体をたたせているんだろうか?改めて、当り前の事が当たり前でないと感じたみたい。

今日は起きていると、体がおもだるい感じらしく、夕方からの雨が強く降って来たので、娘からも、おかん、早目に帰っていいよって言ってくれたんで、夕方4時に帰路へ。

本当は、もっといてほしかったんだろうけど、霧が立ち込めてましたから、19時に、家に到着。

4月6日(月)

レントゲン

腰に違和感があって、先生に相談。

腰が痛いのは、中のボルトの金具が当たっているだけで問題なしらしい。

洗顔したり、少しは前かがみになっても良いとの事。

先生から、来週のレントゲン撮って,異常がなかったら週末退院。

月1回レントゲン撮りに見せに来てくれたら、日常生活がリハビリらしい。

半年はコルセットで。

4月11日、12日

この日も朝から夕飯食べ終わるまで病院。

2日一回のペースでシャワーなんで、すごくありがたい。

12日、ある程度荷物を持って帰ります。

4月13日(月)

レントゲンを見て 先生から、18日で退院が決まりました。

これに合わせて、警察へ寄って 現場検証を退院の帰りに行うことになりました。

4月18日(土)

お昼前に病院を退院。

車の中では、普通の姿勢は15分ぐらいまでだというんで、シートを倒しての走行です。

おやじも、いつもよりゆっくり運転。

待ち合わせは、針の分駐所、入り口が最初わからす、ぐるっと通り越してしまい、次のインター走ってUターン。

到着してパトカーに乗り換え現場検証に向かいます。

シートを倒してもらって、私も付き添い、初パトカーに乗り込みました。

もう1台のパトカーが道を停めて、現場の写真を撮ります。

私も どの位置だったのか、改めてここだったのねって感じでした。

説明はいろいろ。

なぜ事故になったのか、どういう状態でぶつかっていたか。

本人がわかっていないことをいろいろ教えってもらいました。

最後に娘が、私は事故の何台目だったんですか?って聞きました。

娘のは、単独でした。

700m前で5台の事故が15分ぐらい前におきて、次々と止まっていた車の中、トラックの発見が遅れて、うちの娘がぶつかったそうです。

前の事故現場にかけつける為に、反対車線を走った警察の車は、濃い霧でも100mは見えていたと、おっしゃっていました。

仮に100キロで走っていても、100m見えていれば、計算上70mあれば,止まれるそうです。

娘がこの辺でトラックに気が付いてブレーキを踏んだというところまでの距離は、35m。

80キロぐらいで走っていたそうで、80キロだと60mぐらい前からならブレーキをかけたら止まれたはずだとも、おしゃっていました。

濃い霧で、濡れた路面、しかし雨は止んでいた、スタッドレスタイヤは、ブレーキで伸びる、いろんな悪条件が重なったとしても、止まれる速度で走っていれば良かったんだとも、おしゃってました。

見えにくいなら見えにくいなりの走り方をしないといけないとも。

人身事故にはなったけど、みんな生きていて良かったとも、言ってくれました。

もう一回、調書を作るために、出向かなくてはいけませんが、それは少し先になりそうです。

4月19日(日)

ぐっすりは、寝れたけど、2,3回は目が覚めたみたいです。

家の中ではゆっくり行動。

夕べはお風呂も一緒に入りました。

私の方が何かあってはいけないから、緊張で、のぼせそうでした。

事故から初お風呂。

やっぱり、気持ちいい―だって。

四日市で入院しているお友達も来週にはリハビリの病院へ転院するそうです。

しっかり治してみんなで、ピクニックするのを楽しみにしているみたい。

先は長いかもしれませんが、焦らず治して、行ってほしいものです。

娘の事も、月1ペースでアップして行きます。

家での生活の制限は欠航あります。

階段は、1段ずつ上がる事とか、ねじらないとか。

重たいものも,厳禁。

徐々に慣らしていかないとね。

また、破裂骨折はア時々アップして行きます。

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破裂骨折⑫

4月1日(水)

体は日に日に良くなってきています。

しかし、いろんなことが止まったままです。

警察からも、事故証明がまだなので、退院を聞かれますが先生から何も言われないからこういう時って、困ります。

見込みの診断書でもいいから送ってくださいって事で、娘に連絡。

そんな話の中、娘から一番つぶれた骨が少し下がってきたから、明日CT撮るって連絡が入ります。

気持ちを考えると飛んでいってやりたいのですが、そういうわけにもいきません。

気持ちが凹むと免疫が落ちるから焦らんようにって、送ります。

先生を信じてついて行こうってとも、送りました。

結構、このときは、本人も動揺したみたいで、泣いたみたいです。

夜8時前に整形の先生が来てくれて、足がしびれたりしていたら、問題みたいだけど、その症状は出ていないから、たぶん問題ないだろうっていうことを言ってもらえました。

ただ右ひざが事故で痛めてから、まだ痛みがあって、それは伝えているけど、日にち薬だって、言われるんです。

なんにせよ、明日です。

4月2日(木)

朝1にCTでした。

昼のご飯は、うどん、味は関西風。

関西風ってどんなんやろ?

七味が京都の伏見ので、それが美味しかったって。

あげも肉厚で、美味しかったって。

夕方、5時前に娘からCTの結果、12日のレントゲンよりは少し下がっているけど、骨も少しずつ埋まってきているから家で安静に出来るんなら退院してもよいって事でした。

エーいきなり退院?

大丈夫やろか。

ホッとしたのと、家で介護できるんやろか?不安に思った私。

つづく。

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2015年4月19日 (日)

破裂骨折⑪

3月28日(土)

この日は朝から下道です。

時間にしたら、上も下も、30分と変わりません。

それだったら、途中自分たちが食べるお昼や、おいしそうなパン屋さんによっていけるから、そういうことも向かう道中の楽しみにしていました。

この頃になると、寝て安静に過ごすことしかありません。

レントゲンも週一回、入院期間もまだいつまでとも、言われないから、気持ちの中では、いつまで何だろうなーっていう焦りの気持ちです。

お友達は、腰椎骨折を調べてくれて、サッカー選手の名前を挙げ、復帰されているから、大丈夫だよーって、励ましてくれます。

人のブログでも、早くて2か月ぐらいで退院、背中に入れたボルトの摘出手術は、1年から2年後なので、もう少し、かかるんだろうなーって。

いろいろ考えると苦しくなるから、なるべく考えないように、絶対に良くなるそれだけ思うことにしました。

毎週の週末の通いも、帰りの高速渋滞は、最後に疲れを誘います。

亀山渋滞60分なんて出ていると、下道でも一緒なんで、下で帰ろうかってことに、週末の夜ご飯は早くて9時過ぎ、遅いと10時。

あとどれぐらい、これが続くんだろうなー、がんばらねば。

 

29日(日)

1日中雨。

雨だから気を付けて来てねって、娘から。

こんな心配をしたことなかった子なのにね。

1日、一緒に過ごし、帰宅。

この日の帰り道、霧が濃かった。

娘が事故を起こした時もこんなんだったんだろうか?

こんな日は、おやじに頑張って運転をしてもらいます。

だから、帰り道もずっと娘とラインです。

亀山から高速の渋滞3キロの表示に久しぶりに乗りましたが、霧もあって、醜い渋滞、結局60分かかって、こんなんだったら、下道とかわらないねって。

さすがに乗っているだけでも、疲れました、ついつい会話が少なくなります。

ありがとうなんだけどね。つづく。

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破裂骨折⑩

3月23日(月)

今日も私の運転です。

次女も今日はお休みなので3人で病院です。

病院の近くに美味しいスイーツのお店があって、私は以前ツーリングに来たことがあるお店でした。

そこで、次女さんはケーキの差し入れを買います。

入院16日目、おしっこの管がやっとはずれました。

朝1に先生が来て、ベットをまずは起き上がれる角度まで起こしました。

以外とすんなり、痛みもなし。

じゃー立ち上がって見ようって。

持ってきた上靴をはいて、地面に足をつけます。

深呼吸をいっぱいして、落ち着きます。

最初は怖かったけど、立ち上がる事が出来ました。

毎日の膝押しのリハビリが出来ていたようです。

怖かったけど、看護婦さんについてもらってトイレに行く事が出来ました。

当り前だけど、歩き始めた赤ちゃんのような感じ。

昼前に病院へついてトイレに行く姿を見た時には、涙が出ました。

良く、ここまで回復してくれた。

夕方までは、みんなで過ごし、帰宅。

この頃 病室内は乾燥から、皮膚がぽろぽろめくれるから、保湿クリームを持ってきてと頼まれました。

ヘルパーさんも体を拭くだけではかわいそうだと、先生にシャワーを頼んでくれていたみたいです。

シャワーとなると体を支えるコルセットを外さないといけません。

もう少し様子を見ようという事でした。

24日、四日市のお友達のお見舞いに行ってきました。

鎖骨と足首の痛みは もうなく、超音波をあてて骨のくっつきを良くする治療も初めていました。

この超音波治療は、500円玉サイズ骨折の治療に有効らしく、背骨には不向きのようです。

それでも、1日数十分で、くっつきが良くなるのは、ありがたいねーって。

娘はトイレ以外はゆっくり寝る事が治療です。

焦らずに、焦らずに。

つづく。

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破裂骨折⑨

3月21日(土)

天気がいいと高速道路は渋滞です。

名阪国道は17キロの渋滞。

流石にこれは、いやだとオール下道で行く事にします。

朝、先生が来て背中の傷口に張っていたテープもとってもらえました。

ただ、ずーとつけていたコルセットがずれていて腰がささえられていなかった事実に、本人もびっくりです。

寝ていたから、問題なかったみたいだけど、なにもなくって、ほんと良かったです。

起き上がるまではもう少し、今日も夕飯、歯磨きまでいて、帰宅です。

3月22日(日)

休みのたびに3時間運転して、病院で7時間、帰りは2~3時間かかって帰宅で、おやじも結構お疲れです。

昨日覚えた下道なら、私でも運転出来るから今日は私の運転です。

306号線で亀山まで、そこから名阪国道で大内まで、そこから168号線で京都から44号線で奈良へ入ります。

おやじは、娘の楽しみもないとって、自分の得意な車の話。

次は普通車がええんとちゃう?って。

この手の話には、私はついていけず、2人で盛り上がり。

画像をいろいろ検索して、やっぱり、形からハスラーがいいよねって。

ハスラー?また軽自動車。

私も道を走りながら、ええなーと見つけたのが、日産のパン。

おやじにいったら、かなり古いくるまだよ、娘にいったら、興味なしでした。

住んでる土地柄、1人1台車が必要。

本当は乗ってほしくないけどなー。

つづく。

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破裂骨折⑧

3月16日(月)

今日から金曜日までは病院へ行かず仕事です。

毎週月曜日は、レントゲン。

動けない娘は、ベットまま移動、痛みもほとんどなくなりました、数字にすると1ぐらい。

一緒の病院で入院していたお友達は,肝臓の数値が落ち着いたので最後にCTをとって、週末に退院が決まりました。一か月ほどは、自宅で安静が必要ですけど、1つほっとしました。

リハビリも、最初に教えてもらったもの以外、なにもなし。

今まで忙しすぎた娘なんで、焦らんとゆっくり治して行こうねって。

寝ている以外これと言ってすることがないから、同じ破裂骨折の記事で、自分と比べてどうかなーって。

いろんな記事を見ましたが、なかなか2本破裂している方はいなくって、1本で、このぐらいのペースなんだと目安にはなりました。

そんな午後、お友達が仕事を休んでお見舞いに来てくれました。

昨日,聞かされてすぐにでも会いに来たかったって。

ほんと、娘は、幸せ者です。

娘がぽろっと、もしかしたら歩けなくなるかもしれないって、伝えました。

そうしたら、私が車いすが乗れる車に乗ってあっちこっちつれていってあげるから、心配しなくても大丈夫やーって、言ってくれた言葉に泣けてきたそうです。

こんなに心配してくれるお友達がいるなんて。

夕方までいてくれて,帰っていったみたいです。

又来るっていう言葉に、退院したら、一番に会いに行くから、三重で待っていてと頼みました。

遠いし、お見舞いに来て何かあってからでは、いけないから。

約束するかわりに、早く元気がでるように、スマホに電源が入ると彼女の顔がアップで出てきます。

とっても、笑顔。

勇気とがんばる力がもらえるって。

このころになると、背中の傷もヘルパーさんがきれいに治ってきているよって。

毎日体をふいてくれて、頭も2日おきにベットで洗ってくれました。

この頃には、目の上のあざも、ほとんど目立たなくなりました。

3月18日(水)

この日もレントゲン。

先生から、結果も、問題なし、つぶれてないし、月曜日で2週間だから、起き上がりをして、トイレデビューをしようかって。

嬉しくて、泣けてきたって。

手術後の抗生剤も今日で終わり、飲みきりました。

痛み止めは1度も飲まずでした。

3月19日(木)

この日は、お友達の足首の手術でした。

手術前後はご飯が食べれません。丸1日食事抜き。

これを聞くと、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。

ただ、3人の中では、それすらも笑いに変える会話をしているみたいで、つぶれそうな気持から、解放されていたみたいです。

病室でも、たまたま娘さんと同じ名前で、年も近いっというんで仲良くしてもらったり、そのご主人さんからお土産をいただりたりして、娘もほんとにありがたいわーって。

ヘルパーさんもシャンプーした後、長い髪だから三つ編みにしてくれました。

すっぴんに、三つ編みの顔は,キン肉マンのあの人にそっくりだと、想像できるだけに、私の気持ちも癒してくれましたね。

ベットから起き上がるまでもう少し、焦らずゆっくりです。

つづく。

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破裂骨折⑦

3月14日(日)

入院して7日目

手術の日は、どこを触れられても痛かったの腰が金曜日のレントゲンの時はくすぐったかったって。

結果はまだ連絡がないみたいだけど。

昨日も夕方から熱が上がってました。

アイスノンをもらって頭を冷やします。

部屋が廊下側から、窓側に変わりました。

娘は、どこでもいいよなんていっていましたが、整形の患者さんの回転は速くって、1週間ずーと一緒の人って、少ないみたい。

看護婦さんから、窓側に移る?っていってもらえたみたいです。

外が見えるって、やっぱり気分が違うみたいです。

今朝は7.3度まで熱が下がったって。

運転はおやじがしてくれるんで、横でラインをしながらやりとりです。

普段、旅行にいったりすると、グループのラインで写真をたくさん載せたりするのに、今回は行ってないから、グループの写真どころか、誰もつぶやかないから、旅行に行っていないお友達ががしびれをきらして、まんだ台湾なん?

事故したことをつげても、冗談だと信じないみたいです。

娘から 事故をしたことを信じないから、おかんつぶれた車の写メ送ってって。

レッカーで運ばれた車の写メを1枚とって来ていたのを、1枚送りました。

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さすがに、これを見たら、信じないわけにいきません。

すぐに会いに行くって、泣かれてしまったみたいです。

病院は3時間かかるから、ちゃんと三重に帰るから待っていてほしいとお願いして、四日市に入院しているお友達の所へ行ってもらうことにしました。

その日の晩に、彼女は四日市の病院へ行ってくれました。

それから、毎日病院へ通ってくれたみたいです、うちの子の代わりに。

本当に、ありがとう、感謝でいっぱいです。

今日も夕飯、歯磨きを見届けて帰宅です。

つづく。

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破裂骨折⑥

3月14日(土)

コルセットをつけたので、少し安心できたのか、病院へきて初めてぐっすり寝れたみたいだと、連絡がありました。

あいかわらずベットの角度は30度。

首を動かしても、背中が痛まなくなりました。

ベットの柵につかまって、横向きになる事はできます。

ちょっと、体がずれたとき、下がりすぎたときは、自分でごそごそ動いて直すんです。

ひねる動作は、できません。

当り前に普通に出来ていた事が こんなにできないってことにすごく日常が大事だったと改めて感謝だと、口にするんです。

昨日は、造影の検査。

液が体に入ると、熱くなって、怖かったって。

検査結果はまだみたい。

お友達の鎖骨の手術も終わりました。

ピンを抜くのは、半年先になりそうです。

この日は、病院へ行く日。

毎日のラインで、食べたものを写メって送ってくれるんです。

写メで撮らないと自分で食べている物が目で見ることができません。

食べ物の制限がないから、何が食べたい?って聞くとフルーツ。

パインだって。

昼と夜に食べる分、あとはごぼう茶を持参します。

おかずは、関西風ですが、どの味も娘の口には美味しいようで、ついてくるマヨネーズや醤油が減塩なのに、しっかりした味でびっくりです。

きっちと完食しても通事が出ないとお腹が張るばかり。

流石に、看護婦さんも心配して、出ていないよねー。

ベットではなかなかむずかしいですねー。

それでも、コツを教えてもらって、下剤をもらって、無事出したそうです。

そういえば、髪の毛もずっと洗っていなかったから、水のいらないシャンプーを買ってきました。

頭の下にタオルを置いて、ベットで頭をゴシゴシ。後は、別のタオルで拭いてあげます。

あ~さっぱりしたって、いってくれました。

今日も夕飯食べて、歯磨きまでして、私らは、帰ります。

じゃー明日ねー。

つづく。

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破裂骨折⑤

3月12日(木)

今日も朝から高速で病院へ向かいます。

お昼前に到着。

背中からの出血も少ないから,血が出るチューブを抜いてもらったみたい。

これで、寝ていても、チューブが当たる事がなく、ずいぶん楽になったみたい。

今日は、コルセットが出来てくるので、装着に立ち会います。

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カラーだとリアルなので、白黒にしています。

鉄が3本入ったコルセット。

娘がおもわず、強そうじゃん、、、、まるで武将みたい。

前側と後ろ側で、ベルトで調整出来るんでこれをつければ、ベットで起きれるだろうと期待。

ただ、貧血の数値がどうしても上がらず、午後からは輸血です。

この日、他の病院で、症状が軽いからと、四日市の病院へ転院していたお友達は、精密検査をした結果、左鎖骨骨折と足首の捻挫が、足首もCTを撮って検査をしたら、骨折が見つかりました。

鎖骨の手術と、日を改めて足首の手術、背骨の骨折も見つかりました。

この連絡をうけて、娘も、ものすごくショックだけど、自分は動けないし、おかん、病院でお見舞いに行って来てって。

自分がしでかした事故の大きさで、ものすごく苦しんだと。

励まさないといけないけど、娘の気持ちを思うと、同じように、苦しい思いでした。

ただ、3人がラインで繋がっていて、やり取りをする中で、お互いが凹む気持ちを笑う事で励ましあい、笑う事で免疫が上がるからって、やりとりをしていたみたいです。

毎日病院へ通うのは、今日で最後。

金曜日は、私もおやじも仕事です。

病院の看護婦長さんも、ヘルパーさんも、ものすごくやさしくって、いい人なんで、そばについてあげられない時間も安心してお願いできます。

そうは行っても、寂しいでしょうから退院までは土日とも、いってあげないとね。

つづく。

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破裂骨折④

3月11日(水)

最近の朝は、娘とラインで、おはようです

たぶん、普通に仕事をしていれば、朝の早い娘からは想像もできなかった、挨拶。

気を付けて来てねーって言われると、なんだか、嬉しくなってしまっていました。

こんな事がなかったら、たぶん言われなかった言葉です。

30度で、食べる朝ご飯は、何を食べているか、見る事が出来ない角度、それでも骨を作らないとっていう思いで、残さず食べていたみたいです。

夕方から出る熱は相変わらずで、ギリギリまで、粘っていましたが、輸血となりました。

あちこち、くだが刺さった腕を見ると、痛々しいのですが、それを口にしてしまうと、それだけ大きな事故をしたんだよって、つい責めたくもなるんです。

おこしてしまった事は、もうどうしようもないから、それをしっかり受け止めて前に進むしかありません。

毎朝の採血も今週いっぱいで終わりみたい。

良い、兆しもあります。

先生から、手術時の背中からの血がでる管が取れたら、もう少し楽になるよっていってもらえました。

これは、来週頭ぐらいになるようです。

明日は、コルセットが出来るので、これをつけると動けるのかと、少し楽しみになってきました。

夕飯の食べさせてから、帰ります。

そういえば、ずーとお通じが出ていません。大丈夫なのかなー。

続く。

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破裂骨折③

3月10日(火)

朝も8時過ぎに出発。

疲れはピークです。でも、待っていると思うと、行かずにはいられない。

首も動かせないから、ストローもひと工夫が必要です。

途中、買い忘れた物を寄って、昼前に到着。

熱は、夕方から上がってくるようで、氷枕をしていました。

昨日よりは、痛みは少しずつ楽になっているようです。

先生の説明がありました。

普通だと手術をしたら、2,3日で起き上れる状態になるらしいのですが、2か所の腰骨が破裂してるから、慎重に進めましょうっという事で、2週間は、ベットの角度は30度まででした。

30度っていうと、ちょうどマットレス分ぐらいの高さです。

痛みは、3レベル、日に日に良くなっているみたいです。

ただ、先生の方から、貧血の数値が上がらないから、場合によっては、輸血をしないといけないといわれました。

輸血の同意書は、手術の際に、提出してあります。

ここは、おまかせするしかありません。

貧血だと、体に栄養を送れないから、回復が遅れるそうです。

入院期間は、未定だと、骨の状態で様子見だとも言われました。

コルセットが出来るともう少し動けることができるそうで、採寸にきてもらいました。

リハビリも始まりました。

ベットから体を動かせないので、寝たままできる運動。

足首を上、下すること。

膝の裏に力を入れる事。

膝の裏に力を入れるのは、太ももの筋力が落ちないようにするためだそうで、いざ歩こうとすると、これだけでも、筋力は落ちないそうです。

最初、膝も怪我をしているので、力がうまく入れる事が出来なかったけど、私が膝の下に手を置いて、そこに伝わるように10回、朝、昼、晩とやりました。

この日は、本当なら、娘らは旅行から帰ってくる日でした。

娘に、お友達の旅行代は弁償しないとね。

うん、それは、そうやねって。

夕方、6時半ごろに、また明日ねーって、病院をあとにします。

名阪は、雪が舞い、前が見えにくい状態。

もしも、旅行に無事に行けていたら、こんな雪の中を無事に帰ってこれたんだろうかと、想像だけで怖くなりました。

運転するおやじにも、ゆっくりでいいよって声をかけながら帰宅です。

遅い、夕飯。

明日も、がんばらねば、あの子はもっと頑張っている。

続く。

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2015年4月18日 (土)

破裂骨折②

3月9日(月)

夕べ、手術から出てきた娘の顔は、ものすごく、膨らんでいました。

朝、入院準備の用意を持って出発、足らないものは、途中で買い足すことにして、高速に乗ります。

手術のさい、手術・検査・治療・麻酔 同意書、輸血同意書、入院誓約書、入院保証書、電気器具使用許可書、病衣貸与申込書、家族連絡簿

書くものが、いっぱいです。

病院までは,行きは3時間かかります。

病院へついて救命救急の病棟へ行ったら、朝、一般病棟へ移されてました。

建物が別です。

部屋につくと、そこは4人部屋。

少し熱があるようです。

ただただ、そばで見守ることしか出来ません。

痛みは、事故の後よりは、ましなようで、痛みを数字でたとえると、10がマックスなら、昨日は、10だったのが、5ぐらいになったそうです。

ご飯は、朝から食べる事が出来ました。

ただ、朝はパンだったので、寝たままで、食べたそうです。

薬は、3日間、テプレノンカプセル50mgを毎食後と、ロキソプロフェン錠60mgを毎食後

ベットの角度は少し起こす程度しか、まだ無理です。

お昼ご飯も、見て食べれる状態ではないから、食べさせました。

枕がなしだったので、食べさせやすいように、枕をかませようと首を持ち上げたら,イタタタって、声をあげたので、枕はなしのままになりました。

昼から、別の病院へ入院しているお友達に、娘の代わりに、会いにいきます。

怪我をさせてしまい、本当謝りきれませんが、様子を見てきてほしいという娘のかわりです。

お友達は、私が一番軽かったから、っといってくれました。

本当なら、責められても仕方がないのに、逆に娘のとこを心配してくれる。

素敵なお友達を持った娘は、幸せ者です。

病院が別々だけど、ラインで繋がっているから、お互いに、生きていて良かったと、常に励ましあっていたみたいです。

もう1人のお友達は、いまだICUなので、連絡はとれません。

ただ、向こうのご両親も見えていて、おやじは一服の時に、大丈夫ですからっと、数値が高いから様子を見ているっといってくれました。

非難されてもしかたないのに、逆に心配してくれて、申しわけない気持ちでいっぱいでした。

病院で過ごす時間は、あっという間で、夕飯を食べさせて7時すぎに、また明日と声をかけて家に帰ります。

夜10時、家に到着。

途中で食べると眠たくなるからと、帰ってからの夕飯です。

おやじが、ぼそっと、もしも、歩けなくなったら、もうバイクどころじゃないな。。。

たしかに、そうだと思いましたが、悪い想像はしたくないから、思わないようにしようと声をかけました。

娘は、今日病室に来てくれる先生らが、たえずしびれがないか、足が動くか心配してくれるのに、ずーと、すいませんって謝っていました。

私らにも、ずーとごめんねって。

私は娘に、そのごめんって聞いていると、つらくなるから、ごめんって言わずに、ありがとうって言って欲しいと頼みました。

何をしていても、ありがとうって言われた方がこっちも救われる気がしました。

ただ、おやじとは昨日、今日と通うことで、疲れがピークで会話なし状態。

続く。

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破裂骨折①

この記事をアップするには、かなり迷いました。

でも、ネットでいろんな情報を知る事で、不安もあり、勇気づけられたりしたので、相談した上で書くことにしました。

3月8日

この日、1日がこんなにも長い日に感じました。

前日から娘のお友達が2人泊まって、3人で海外へ旅行へ行く予定でした。

早朝、3時半玄関の鍵が閉まる音がして、今出て行ったなー。(この時、声を一言かけてあげれば良かった。。。)

関空から、飛行機に乗るので、娘の運転で出発です。

なんとなく、胸騒ぎで、どきどきしていました。

この後ちっとも寝れなくて、5時半ごろに、娘にラインで、関空へ着いたら連絡してねって、打ちました。

5時36分、既読が付いたのに、返事がない。。。。手続きで、忙しいんやろか?スタンプ1つ返してくれてもいいんちゃう。。。。でも、なぜがずーとドキドキしていました。

実は、この時、すでに 事故で、救急車から病院へ搬送されていたみたいです。

6時すぎ、私のスマホの電話がなりました。

嫌な予感が的中して、私の第一声は、事故ですか?

はい、そうです。

その声で、布団から飛び起きました、主人をおこして、病院へ向かいます。

娘の声は聞けましたが、すごく辛そうで、弱弱しい声でした。

ごめんね、ごめんねとした、いいません。

とにかく、病院へ向かう事にします。

ただ、落ち着かないとっていう思いと、一体何があったんだろうという思い。

出る前に、飛行機に乗れないから、キャンセルの電話だけをいれました。

病院の住所を、ナビにいれます。

高速は、渋滞、焦ってもしかたないですが、ずーとドキドキです。

なにが、どうなって事故になったのか?

お友達の傷の具合はどうなのか?

不安でいっぱいです。

途中名阪国道の道路で、事故渋滞をしめす黄色の表示が出ています。

いったい、どんな事故?

不安でたまりません。

小倉IC付近で、事故の後を処理されている黄色の車が、なんだい止まっていたでしょうか?

ドキドキはピーク。

事故の車は見当たりません。

路肩に車を停めて、黄色の車の方らに、声をかけました。

ここで、事故を起こした身内ですが、どんな事故でしたか?

トラックを含む5台の事故で、レッカーで事故車は、すでにどこかへ運ばれたらしい。

頭の中が、もう何がどうなっているのか?

とにかく、一刻も早く病院へいかなければ。

病院はそこから1時間かかって、到着。

到着しても、検査中だからといって、なかなか娘に会えません。

やっと会えたのは、昼前ぐらいだったと思います。

そこで、先生から 衝撃な事が言われました。

腰骨と、背骨が折れています。

MRIで検査した画像には、腰骨が破裂して、上から移す画像には、輪切りの神経が映っていません。

腰骨は、ちょうど足を動かす神経が出る所で、2か所、破裂骨折、背骨は4本折れている状態です。

手術になると思いますが、この状態では、手術しても、歩けるかどうか、わかりません。

手術も、いつになるか。

たぶん、冷静さを装っていましたが、ずーとドキドキしっぱなし。

やっと、娘に会う事が出来ました。

見た目には 顔は左瞼の上に、少し傷がある程度で、両膝と右足首に傷がある印がつけられていました。

会話が出来たので、何が起こったのか、聞いてみました。

ナビで関空を入れて走りだし、ルートは新名神からを指していたそうです。

ただ、途中、濃霧注意報が出ていたのを見て、名阪国道で行くルートに変更したみたいです。

道も空いていたみたいで、あと1時間らいで、着くかなって。

少し手前から濃霧で、見えにくくなっていたみたです。

そのとき、目の前にトラックの後ろが見えた、あかん、、思いっきりブレーキを踏みました。

速度も出ていたみたい、路面も濡れていました、停まれません。

最後、みんなごめんと目をつぶって、トラックの後ろにぶつかりました。

どれぐらいかは本人もわからないけど、気絶していたみたいです。

助手席のお友達の電話でしゃべる声と、後ろのお友達が外へ飛び出しましたのが見えたそうです。

右車線でぶつかったらしく、そのお友達を助けなきゃっと思って、シートベルトを外そうとしたのですが、後ろの子がぶつかった、運転席の座席のシートは、前に半分ぐらいになる勢いで、ハンドルと座席に、挟まれていました。

何とか必至で、シートベルトを外して外にいるお友達を助けに外に出たけど、立てませんでした。

お友達は、顔が血だらけでした。

話によると、ぶつかったトラックの人は、前で事故がおきていて、様子がわからないから、車から降りて、見に行っていたみたいで、車に乗っておらず、ドカンと音がしたので、戻ってきたら、うちの娘が事故をおこしていた。

この方が警察や救急車の手配をしてくれたみたいです。

本当にありがとうございました。

後ろから来た、トラックの方も、事故に気が付いて、停まって、後から来る車の誘導をしてくれたみたいです。

本当にありがとうございました。

警察や救急車も濃霧で音が聞こえても近くに到着するまで見えにくかったと。

そのあと、救急車に乗っても、受け入れてもらえる病院がなかなか決まらず、決まってからも、前で起きた事故で道が渋滞していたみたいです。

娘は、どんな事故だったかは、はっきりわかっていません。

娘の顔を見て、少しはホットしましたが、お友達が気になります。

1人は一緒の病院へ搬送されたのですが、もう1人は、別の病院です。

一緒の病院のお友達のご両親も到着されていました。

こちらとしては、娘の代わりにただ、謝ることしかできないのですが、責める事もなしで、ただみんな生きていてくれてよかったと言ってもらえて、救われた気持ちでした。

胸を強打したので、内臓の数値が高く、ICUなので、家族以外は面会できません。

ただ、鼻もひびが入ったのと,血はハナジだったみたいです。

もう1人のお友達の状態も気になります。

荷物も車の中に残っているらしく、警察の方が娘に私てくれたメモを見て、レッカーの会社へ向かいます。

病院から30分ほどかかって、到着。

見るも無残な状態。

トラックの荷台が高かったから、滑りこむ形で突っ込む。

エンジンはおしてました。

軽自動車は、廃車です。

車から荷物を出していたら、娘からラインで、手術の説明を先生がしたから、いそいで戻ってきてほしいと連絡がありました。

有難いことに、ラインは使えるんです。

急いで病院へ戻ります。

整形の先生から、腰椎専門の先生に連絡がついて、今日手術してもらえるようになったという事でした。

手術は、夕方17時から、時間は5時間から6時間ほどかかるそうです。

この時、ただそばでついていてあげることしか出来ないわたし。

この時の娘は、ただ息をするのも苦痛だった、お友達の事が気になって気になって、別の病院のお友達からもラインで連絡が取れていたから、ただ本当に生きていて良かったと、励ましあっていたみたい。

手術が始まりました。

ただ、祈ることしか出来ません。

ふと、朝から何も食べていないことに気が付きました。

おやじが、買い物へ歩いて行ったら、近くになくって遠いところまで行っておにぎりを1個買ってきてくれました。

夜23時少し前に手術は、終わりました。

背骨の上を20㎝もう少しメスが入り、砕けた腰骨は、人工骨を混ぜて形成してもらったみたいです。

先生は、手術はうまくいきました。

ただ、うまくいっても、歩けなる事はあります。こう言われた気がします。

帰り道、主人と無言で車に乗っていたような気がします。

家に9日2時頃到着。

お風呂入って、持ち物の準備して、数時間寝てまた病院へ向かいます。

続く。

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