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2009年10月26日 (月)

ときどき思い出すのも、供養です。

雨が降るたび、冬に近づいていっているような気がします。despair

明日は、27日、私の亡くなった、弟の誕生日confident

2つ下の弟は、36歳と11ヶ月で、この世を去りました。crying

Pa262022 ふっと、明日は、あの子の誕生日だったなーって思った時、この写真が頭に浮かびました。

ここに写っている父も、弟が亡くなってから、2年後、デイサービス先でころんで、人工関節が入っている所を骨折して、結局、点滴のさい、菌が体に入って亡くなりました。

人間は、生老病死からは、逃れられませんよね。

生、、、、生きること、これもある意味苦しみかもしれません。

老、、、、老いること、これもある意味苦しみかもしれません。

病、、、、病気になること。

死、、、、死ぬこと。

36歳の5月、仕事も忙しく、ちょっと風邪を引いたかなって,咳がずっと止まらなかったそうです。

痰に血が混ざるのを見た奥さんが心配になって、病院行きを進めても、休めないからって。

2ヶ月ぐらいたっても、おさまらないから、いよいよ心配になって病院へいったそうです。

そのまま検査入院へ。

その頃は2世帯で住んでいたんで、母からTELで、結核かもしれないわ。

入院から2週間した頃お見舞いに行くと、ずっと検査でなんの病気かわからへん。

顔色は悪くなかったけど、そのとき弟が、右胸の肩辺り、ときどきナイフで刺されたかのような、痛みがはしるわー、そうすると、どっとあぶら汗がでてくる。そういっていたっけ。

ここでは、わからないから、三重大に変わるからな!

それから、1週間後に、三重大にかわりました。

ただ、かわったその日に、元いた病院から、肺がんの第4の初期だといきなり告知されました。

痰に血がまじっていたのは、肺から出血していて、どこから出血しているのかわからない状態で、ずっと輸血していました。

いきなり、病名がわかったときには、肺癌で余命は3ヶ月でした。

病名がわかったとき、弟は残された家族に迷惑がかからないように、うちにも公衆電話から、両親の事を頼むって。嫁さんや、子供の事もね。

あと、うちの人のタバコ止めるように心配してくれました。

あの子の癌は、抗がん剤が効かないスピードで進行して、結局1ヶ月半でこの世を去りました。

1周忌のとき、親戚のおば様方から、言われました。

小さい頃、母がものすごく、弟を溺愛していて、私との格差があって、なんでだろうっておもっていたそうです。

きっと、魂が、この子は親より先にこの世を去る子だったから、本能でかわいがっていたんだろうね。

私も、小さい頃、感じてました。

なんで、いつも、弟ばかりかわいがるんだろうなーって。

私が、かわいくないからかな。

写真も、いつも私は仏頂面です。

けして、仲がよい兄弟だったわけではありませんでした。

でもね、あの子が亡くなる少し前に嫁さんの親が見舞いに来て、苦しいのにベットで正座して、嫁さんの親にすいませんって謝ったときの姿が忘れられません。

あの子が亡くなる前日、ちょうどみんなで見舞いに行って、高速で四日市まで戻って来た時に、全員の携帯がなって、嫁さんから危篤の知らせが入りました。

そのまま、高速をユーターンして、病院へもどり、嫁さんと私とおやじが見守る中、次の朝に、この世を去りました。

2年後、父が亡くなるとき、私に行った言葉。

弟が、さびしがっているから、にぎやかしに、いってくるわ。って、桑名の石取り祭りの日に父は、旅立っていきました。

あれから、いろいろあって、思うんです。

お墓も近いこともあって、亡くなった日が3日、父が4日なんで、どちらかで行くようにして、毎月、報告しています。

私は、弟の分もパワーを頂いて、生きています。

2人分なんで、人一倍がんばるし、がんばれる気がします。

 

明日は、そんな日。

運命、、、命を運び方で、運命って、変わっていくんじゃないかな。

偶然ですが、おやじお誘い頂いて走りますよ!

楽しんできてほしいものです。

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Pa262021 たぶん、私が20頃、、、あまり大人になってから、弟と写真とってないなー。

本当に、福山雅治さんに似ていましたよcoldsweats01

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
弟さんがベットに正座...は、
涙でちょっと続きを読めなくなりました。

申し訳ないですが、けいこさんにかけられる言葉も
見つかりません。

自分に言い聞かせていることとしては、
今、精一杯生きるってことぐらいでしょうか?
くさい言葉ですが、自分達にも訪れるであろうその日まで、
自分のやりたいこと、やらなくてはいけないことを
あきらめずに生きたいと思ってます。

投稿: おくさん | 2009年10月27日 (火) 08時48分

何か 目を瞑るとその場の光景が浮かんでくるような、
悲しい 思い出ですね、
でも 悲しんでばかりいては、亡くなられた方が より悲しむと
思うんですよね 亡くなられた方々を 忘れずに心に秘めて
前に進まなきゃね、僕たちは生きているんですから、
そして自分がその時迎えた時に、いい人生だったと思えるようにね。

投稿: ヤス | 2009年10月27日 (火) 10時01分

おくさんへ
こんにちは、今思い出しても、涙が出ます。
弟が結婚して10年だったから、嫁さんの両親に申し訳なくやっとの思い出あやまったんです。それだけに、見ていて辛かった。
普通に、生きられることを、大切に、毎日過ごしたいですね。confident


ヤスさんへ
父親が、泣いて、代わってあげられるものならといっていた言葉が、今も記憶にあります。
病気でも、親より先にいくのは、親不孝。
私は、みんなを見送ってからしか、いけませんよ!!
たくされましたから、、、confident

投稿: | 2009年10月27日 (火) 17時12分

先日はコメントありがとうございました!

リンクをたどってお伺いさせていただきましたが、
けいこさんも過去に大変つらい事があったのですね・・・

今のおいらは、天国におられる弟さんと偶然同じ年齢ですが、
事故に遭って人間の運命は本当に紙一重なんだと実感しています。

生きていることに感謝しながら、
がんばっていくことを改めて強く思いました。

またちょくちょく寄らせてもらいますね。

投稿: michi | 2009年10月28日 (水) 11時42分

MICHIさんへ
こんにちは、ありがとうございます。
親の血筋をたどっても、癌家系では、なかったので、
癌と聞いたときは、今の時代、治るものだと思ってました。
でも、これ、寿命だったと今は受け止めています。
リハビリ、がんばっていらっしゃることだと、思います。
ブログを読む、貴方のファンはたくさんいます。
どうか、あせらず、無理せずに、心より、復活されますよう、バイクでお会いできる事を、楽しみにしています。happy01

投稿: | 2009年10月28日 (水) 13時00分

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